東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)133号 判決
(争いのない事実)
一 本件特許発明における特許請求の範囲が原告主張のとおりであること、及び原告が右特許請求の範囲の項中「口径2/20mm以上」とあるを「口径2/20mm以上5/20mmまで、又は開口総面積0.6mm2以上2.5mm2まで」とする訂正審判の請求をしたところ、特許庁は、開口総面積のみを一定の範囲としてもよいとする本件訂正は、前記特許請求の範囲を実質的に変更するものである、として本件訂正審判の請求を斥けたことは、いずれも当事者間に争いがない。
(審決を取り消すべき事由の有無)
二 本件特許発明において、紙巻煙草の巻紙に設けられた多数の小孔は、その口径の大きさ及び数と相まち、吸煙に大した支障を来たさない程度の吸引抵抗を保有せしめるものでなければならないことは、その特許請求の範囲から明らかに窺いうるところであるが、このような吸引抵抗の保有という要素を、小孔の口径大きさによつて定まる各小孔の開口面積と小孔の数の積である開口総面積という基準において限定しようとする技術思想は、前記特許請求の範囲の中からは、到底見出すことはできない。したがつて、前記特許請求の範囲の項中、小孔の口径の最小限のみを規制した部分について、その最大限をも限定するとともに、選択的に開口総面積からする限定をも附加しようとする本件訂正は、審決もいうとおり、前記特許請求の範囲を実質上変更するものといわざるをえない。
原告は、この点に関し、本件訂正は、当初の特許請求の範囲がやや漠然としていたので、これを限定明確にしようとするもので、吸煙に大した支障を来たさない程度の吸引抵抗を保持できる範囲内においてという当初の条件下において、小孔の口径の最大限又は開口総面積においてさらに限定しようとするもので、特許請求の範囲を実質的に変更するものではないと抗争する。前記特許請求の範囲が明確を欠くことは、原告の自認するとおりであり、したがつて、本件訂正によりそれが明確化されることも、その訂正の文言に徴し明白なところではあるが、たとえ、本件訂正が特許法第百二十六条第一項第三号にいう「明瞭でない記載の釈明」に当るとしても、それが、実質上、前記特許請求の範囲には存しなかつた技術点にわたること前判示のとおりである以上、原告の右主張を理由あるものとすることはできない。
さらに、原告は、本件審決は、開口総面積の意味を誤解し、また、小孔の口径の最大限をも限定しようとする訂正の当否についての判断を遺脱した、と主張する。本件審決理由には、小孔の口径の最大限を限定しようとする部分の当否についての判断の跡を発見しえないことは、原告の指摘するとおりではあるが、本件訂正は、前記特許請求の範囲の項中の「口径2/20mm以上」とあるを(1)「口径2/20mm以上5/20mmまで」(2)「又は開口総面積0.6mm2以上2.5mm2まで」と訂正するものであることは、前掲当事者間に争いのない事実から明らかなところであるから、その一部である開口総面積に関する部分が、前認定のとおり、前記特許請求の範囲を実質上変更するものといわざるをえない以上、他の部分である小孔の口径に関する部分についての判断を用いるまでもなく、右訂正は、法律上許されないものであることはいうまでもないところであるから、本件審決が小孔の口径に関する部分につき格別の判断を示さなかつたとしても、これをもつて判断遺脱の違法があるものとすることはできない。なお、開口総面積の字義についても、本件審決の「孔の数(開口総面積)……云々」という表現に徴すれば、原告の非難も当らないものといえないではないが、本件特許発明における「開口総面積」は、各小孔の面積に小孔の数を乗じて得られる面積を指すものであることは、本件審決の理由自体に徴しても、きわめて明瞭なところであるから、前記のような不正確な表現を捕えて直ちに「開口総面積」の意味を誤解しているものと断ずることは当を得たものといえないばかりでなく、本件審決理由中に、このような表現があるからといつて、これをもつて本件審決を違法とするをえないことは、多言を要しないところである。
(むすび)
三 以上説示のとおりであるから、本件訂正をもつて特許法第百二十六条第二項の規定に違反したものであり、これを許容することはできないとした本件審決は、結局正当であり、原告主張のような違法はないものといわざるをえない。よつて、その主張のような違法のあることを理由として本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものとして棄却することとする。
〔編註〕 本件における原告の主張は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三十八年十月二十二日、特許第二五二、九五三号「吸煙中のニコチンを減少せしめ得る紙巻煙草の製造法」の特許請求の範囲の項中「口径2/20mm以上とあるを「口径2/20mm以上5/20mmまで、又は開口総面積0.6mm2以上2.5mm2まで」と訂正する訂正審判の請求(昭和三八年審判第四、七三二号事件)をしたが、昭和三十九年八月三十一日、「本件審判請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年九月五日、原告に送達された。
二 本件特許発明の特許請求の範囲
煙草を予め口径2/20mm以上の小孔多数を有せしめた巻紙で被覆するか、又は一旦巻紙で被覆した後巻紙に同様の小孔を多数穿設して、多数の小孔を備えしかも吸煙に大した支障を来たさない程度の吸引抵抗を保有せしめた紙巻煙草とすることを特徴とする吸煙中のニコチンを減少せしめ得る紙巻煙草の製造法。
三 審決理由の要点
本件審決は、本件特許明細書における「詳細な説明」の項の記載等から本件特許発明がその目的を達成するためには、孔の大きさ、その数(開口総面積)、その所在が一定の範囲に選定されることが必要とされていること明らかであるから、孔の口径には関係なく、開口総面積のみを一定の範囲にしてもよいとする本件訂正は、原明細書の特許請求の範囲を実質的に変更するものと認めるほかなく、したがつて、本件訂正は、特許法第百二十六条第二項の規定に違反するものである、としている。
四 審決を取り消すべき事由
本件審決が本件訂正をもつて、特許請求の範囲を実質的に変更するものであるとしたことは、誤認であり本件審決は違法として取消を免かれない。本件訂正は、当初の特許請求の範囲が、前記のとおり、やや漠然としていたので、これをさらに限定し、明確にしようとするもので、特許請求の範囲を実質上変更するものではない。すなわち、当初の特許請求の範囲においては、吸煙に大した支障を来たさない程度の吸引抵抗を保持できる範囲内において巻紙に設けられた小孔の口径の最小限のみを限定していたのを、同一条件下において、さらに、その最大限又は小孔の口径と数の相乗値である開口総面積において限定しようとするものにすぎない。開口総面積を一定範囲とする場合においても、それが小孔の口径及び所在の場所と全く無関係ではないことは、明細書の全記載を統一的に解釈すれば十分窺いうるところである。なお、本件審決は、小孔の口径の最大限を5/20mmとする訂正の当否についての判断を遺脱し、また「開口総面積」の意味を誤解している。